自分は自分でちゃんと生きようとしているところに、釘をさすような真似いい加減やめなさいよ、

 

 

公共哲学という授業をさぼり、カラオケに行くという、極めて大学生らしいことを初めてした。

 

つまらなくしょうもない授業に限って必修なのは、極めて非合理的。

 

 

自分の思考や思想や目指しているものが、なんとなく周りと違ったり、受け入れてもらえなかったりする。

 

自分とは合わない偏った価値観の人間と関わるのがとても息苦しい、それが親だったりするから、余計に苦しい。もどかしい。

 

我が子の決断を認めつつも歓迎しない態度とか、偏ったその価値観を押し付けようとする姿勢とか。

 

特に高校から、真面目以外の言葉を覚えて、のびのびと生きてみた。

そしたら変わっている存在として扱われた。

悪い意味ではないようだった。

 

たぶんうれしかった

 

なんだかよくわからない

世界観がとか、言動がとか、いまいちあんまりわからなかったりするけど、

 

ありのままを個性としてつよく認めてくれる高校はとてもあたたかい

 

ほんとうにあたたかい

 

 

 

新しい環境はしんどい。

 

大学にはいろんな人がいるけど、ほんとたぶん何も考えてない人間は逆にすばらしい。

 

あとともだちがなかなかできない。

 

 

家は寒い、極寒、冷凍庫

冷凍されたみたいに震えながら必死で息をしてる感覚

 

そこそこの大学へ現役で入ってそこそこの会社入ってそこそこの生活するみたいなことを推奨してきて、

極端なものを嫌って、

一定のそこそこを超えると、信じてくれないし心底応援してくれない

 

そんな家はしんどい

 

 

 

だから早く外の世界で、いつか必ず自分を理解してそれが良いものであるようなら必ずそれを生かして食べていこうとおもった

 

誰にも生きられない人生を送る人間になってやろうとおもう

 

学歴だけで人を選別したり、そういうのすごくいやです、社会嫌です、たぶん適合できないです、がんばろう