140字ではたりない


どうしても発信したくなりました。

140字では足りない


きょう、すこし名の知れた、とても素敵な、ある写真家のひととおはなしをした。

表現を目指すうえで、あまりにも未知で未熟で不安定な自分を、ぜんぶ見透かされたような気がした。やはりプロはちがうなと、


考察


世界はコミュニケーションで成り立ってる。


あることを、自分の知らない人間たちにもみてほしい、感じてほしい、考えてほしい、それで、表現がスタートする。


手段はいろいろある。写真・映像・演技・歌・踊り・絵・文章・建造物...と、いくらでもある。だからこそ、どの手段で表現するか、考えなければならない。ずっとわからなかった。どの表現方法が適しているのか。それにすら気づかない自分さえいた。情けない。



見えない誰かに、『読み取らせる』のか、『読み取ってもらう』のか、そこに大きなヒントがあった。どこまでこっちで道を作り、どこから受け手に委ねるか。もちろん向き不向きや好き嫌いも関係するけど、ほんとうはもしかしたら、作品の『強制力』が軸となるかもしれない。


目的や主題によって大きく変わりうる。

伝えたいことや考えてほしいことがあって、それを世界へ提示する。提示された世界の中の、人々がそれを鑑賞し、その中の少数が感じ取り、吟味する。


表現は、発信者と見えない誰かとが、いかにしてコミュニケーションをとるのかが鍵を握っているだろう。


感覚や感性のみに頼っていてもそれまでなのかもしれない。


こうさつおわり